ムツゴトブログ

リピーター様から頂いたメッセージ

■30代

「友達だったら大丈夫だけど、恋愛を意識すると男性が怖くなる現象」を読ませていただきました。
私は、男性と友達になったり男性の多い環境で過ごすことは苦ではないしむしろ楽なのですが、性的な対象としてみられた瞬間にシャットダウンしてしまいます。性的な対象としてみられることが苦手です。
例えばおつきあいするとなったら心を開くことはもちろん、身体の触れ合いもあるだろうし、そう考えるととりあえずつきあってみるということもできません。
男性経験はもちろんなく、そのことに焦りもないのでいつか大丈夫な人が現れるだろうと呑気に考えていますが、
こちらのブログを読ませていただき、私のような女性が他にもいるのだなと思うと安心感がありましたし、救われたような気もしています。
ただ、この苦手を克服しなければ先には進めないような気もしますし、どうすればいいのかなと考えてしまいます。
自分にできることからやってみる慣れてみるということも必要なのかなと、こちらにたどり着き、新たな考え方を教えていただいたように思います。

■20代 

こんばんは、ブログの更新楽しみにしていました。
眠れないので暇つぶしに感想をお送りします。

「恋愛を意識すると急に男性が怖くなる」というのは私にも当てはまり、読んでいて心が抉られる感覚でした。笑
私の場合、「怖くなる」というのとはちょっと違うのかもしれませんが…
この前お会いしたときにも話した通り(覚えていらっしゃるかは分かりませんが)、私は男性に会うと瞬時に「この人とセックスできるか?」を考えてしまう癖があります。そして、「できない」と思ったら、相手がどんなに私に好意を寄せてくれても恋愛対象にはなりません。まずそこで選別して、恋愛をすすめていきます。恋愛=セックスと考えているから、こういう思考になるのかもしれません。
これだけなら同じような人はたくさんいると思いますが、私が苦しいのはその「セックスできる人」の範囲がおそらく人より狭いことです。
例えば他人の彼氏を見て、街中でカップルを見かけて、とっても失礼ですが「この男性とセックスできる人がいるんだ…」と感じることが多々あり、自分の許容範囲が狭いことに気づきます。そう思うたび自己嫌悪に陥り、「セックス」の壁がなければどんなに楽かと思います。話したらもしかしたら凄くいい人かもしれないのに、「セックス」を入口にしてしまっていることでチャンスを逃しているのではないかと…。

考えていることが拙い文章でしか表現できませんが、またお会いしたときにお話させていただければと思います。それまでに考えを深め、整理しておきます。

■30代

本を読んでいて、睦言という言葉の意味を調べていたら、こちらを発見して興味本意で読み出したら止まらない。まるで心理学。多くの人に読んで欲しい内容ですね。みんなどこかで共感出来るはずだと思うし、男性はもっと勉強して欲しいです。

私自身がアダルトチルドレンなので、良い子悪い子の下りは本当に共感できるものでした。親の希望通り専門職に就いてお固く仕事をしてみたものの、真面目に生きてるばかりじゃつまらないと思い、親が嫌がりそうなことを一通りやってみました。大喧嘩の末に、子供の頃にこんな風に愛されたかったのに、ずっと辛かったという気持ちをぶつけてみました。でも無駄でした。親が謝罪したとしても、もう私の過去は変わらない。過去から繋がる現在の自分も変えようがない。
よき理解者にも恵まれましたが、セックスレスのために自分でその存在を遠ざけてしまいました。やっぱり親に対する罪悪感ですかね。親が死ねば無くなるのかなーとか、逆に離婚すればなくなるのかなーとか考えますが、ブログを読んでいて、私寂しいんだなーと気付きました。
仕事を頑張っても、母親を頑張っても、例え誰かから良い評価を受けたとしても、私自身のアイデンティティが満たされないように感じるのは、寂しさと罪悪感なんだと思いました。笑えないのは、そこなんだと気付きました。幸せなはずの人生に悦びを感じないのは、満たされていないからなんだと。親友に話しても、そんなこと考えてんの?すごいねくらいにしか取り合ってもらえないし、カウンセラーは自分の考えを押し付けてくるだけだし、もう考えても仕方のないことだと割り切るしかないと思っていました。

本当に深いブログですね。書籍にされる価値ありですよ。感想なのに、関係のないことを長々と書いてしまって申し訳ありません。これからのブログ更新を楽しみにしています。

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